【1】
「日本にはもともと文字がなくて中国から漢字を輸入したんです」
「へー」
「その後、日本女性がひらがなとカタカナを漢字から作りました」
「ひらがなとカタカナは女性が作ったんだ。すごいね!」
「はい、女性が作りました」
「それじゃ日本の男性は何を作ったの?」
「…え?」
「日本の文字に何か貢献したの?」
「えーと、中国から漢字を輸入して、女性からひらがなとカタカナを拝借しました」
「つまり?」
「うん、何も作ってないかもしれないですね」
【2】
「僕たちは数字の13を避けるけど、日本では4が忌数らしいね」
「そうですね。一般に4と9が嫌われます」
「ふうん」
「でも13を嫌うなら、4と9も避けた方がいいですよ」
「どうして?」
「13を分解すると、1と3になりますよね。1と3を足したらどうなります?」
「…4!」
先生が素直にびっくりしてくれたので、僕は調子に乗ってつづけます。
「では日本の忌数である4と9を足したらどうなると思います?」
「13!?」
「ふふふ。今日から13に加えて、4と9も避けることですね」
「ハービー、君は何てことを教えてくれたんだ…」
【3】
「ハービーは日本を離れて寂しくならない?」
「??? なぜですか?」
「日本に家族や友達がいるでしょ?」
「それがどうかしましたか?」
「だったら寂しくなるんじゃないの?」
「みんな元気にやってるから問題ないです」
「……」
【4】
「フィリピンにはビキニバーがあるのは知ってるよね?」
「話には聞いてます」
「ハービーは行かないの?」
「あー、無理ですね」
先生はまだ僕のキャラクターが掴めていないようです。
「…ひょっとしてゲイ?」
「違います」
「うーん、よく分からないなあ」
よく分からないのは僕の方です。世の中の人たちはおうおうにして、「ロリに興味ないです」「じゃあショタなの?」とか、「サドじゃないです」「じゃあマゾなの?」みたいな反応を返すわけですが、いっぺん頭の中をのぞいてみたいです。個人の嗜好はそんなに単純なものではないと思いたい。
【5】
熱心なプロテスタントの先生がいて、彼女は休日にチャーチメイト(という人たちがいるらしいです)と一緒に勉強会を開いたりしているほどです。僕にはまったく縁のない世界ですが、その片鱗に触れる機会がありました。「科学、哲学、宗教、文学、美術を重要と思える順に並べなさい」という質問がテキストに書かれていて、僕は宗教を下位に置きました。
「プロテスタントの先生には申し訳ないですが、僕の中で宗教の順位は低いですね」
「あら、どうして謝るのかしら。プロテスタントは宗教ではないのに」
「はい?」
「何も気にしなくていいわよ」
「えっと、プロテスタントは宗教ですよね? キリスト教の一派で」
先生が怪訝な顔をして、力強く答えました。
「いいえ、プロテスタントは宗教(religion)ではありません」
「…あ、そうですか」
この方面の話はジャブを打つと面白いので、ふだんの僕なら突っ込むところですが、直感的にえらく面倒なことになりそうだったので、とりあえず同意しておきました。僕もときには空気を読みます。
おそらく他の宗教の人たちも、この先生のようにそれを宗教だとは思っていないんでしょうね。この辺が宗教が厄介な理由のひとつかもしれません。
【6】
「日本は尖閣諸島をめぐって中国と揉めているようだね」
「そうみたいです」
「実はフィリピンも最近の中国には手を焼いているんだ。領土問題で」
「そうですか。お互い大変ですね」
やはり中国に困っているのは日本だけではなかったようです。
【7】
風邪で休んだ先生の代わりに、臨時の先生との授業が一度だけありました。とりあえず一回だけの授業だったので、仮想問答によるスピーキングという内容でした。それで僕が質問に無難な答えをつづけていると、先生が挑発してきました。
「ハービー、これは架空の質問なんだ。もっとアグレッシブな回答でもかまわないよ」
「いいんですか? それなら本気を出しますよ」
「そうこなくちゃ。じゃあ『もし一日だけ透明人間になれたら何をする?』」
「透明人間ですか…」
「お金を盗んだり、エッチなことをしたり何でもできるよ」
「そういうのつまんないですよ」
「どういうのが面白いの?」
「例えば、そうですね。中東に有名な聖地があるじゃないですか?」
「ああ、×××××のこと?」
「ですです。そこに透明人間の状態で潜入して大量の××を仕掛けます」
「オゥ…」
「でも、ただの××では退屈なので、中身は×××××にします」
「何てクレイジーなんだ…」
「おそらく歴史が変わると思いますよ」
「う、うん」
「もっとクレイジーなことを言ってもいいですか?」
「いや、いまの答えで十分だよ」
【8】
「去年の津波は大変だった?」
「そうですね、立ち直るのに十年はかかると思います」
「十年! それは困る」
「どうしてですか?」
「だって津波があった後、日本からの仕事が減って、フィリピン経済はすごく打撃を受けたんだ。工場が閉鎖されたり、レイオフが実施されたり。日本経済にはしっかりしてもらわないと」
「そんなことがあったんですか」
やはり日本の影響力はアジアの中で大きいみたいで、経済的に期待されているようです。
【9】
フィリピンの公立小学校では、一冊の教科書を生徒4~5人で使ったり、一人の教師が60~100人の生徒を教えているらしく、そのため満足な初等教育が行えていないとのことでした。
「初等教育には最大限の力を注ぐべきですよ。コスパ最強ですから」
「それは分かるんだけど、横領がはびこっているんだ。だから必要なところに必要なお金が行かない」
「ああ、中央が腐ってるんですね」
「中央よりも地方の腐敗がひどい。人の目が届きにくいからね。賄賂が横行しているよ」
「警察や司法は何をしているんですか?」
「彼らも腐ってるんだ」
「なるほど、政府に対する信頼がないんですね。それじゃ海外からの投資も鈍りますよ」
「うん、だからベトナムやインドネシアに置いていかれてる」
「国民が政府を信じないのは、過去に何度も植民地支配されているからかもしれませんね」
「それはあるかもしれない」
「経済活動の土台は信用ですから、そこを改善しないと、経済発展も難しいですよ」
「まったくね」
「とりあえず初等教育は何とかした方がいいですよ」
という会話をした後、フィリピンは毎年5%前後の成長率を保っていることを思い出し、冷や汗をかきました。
【10】
「フィリピンでは離婚するのに裁判しないといけないんですね」
「うん、だから離婚成立まで5年くらいかかる」
「長いですね」
「フィリピンはカトリックの影響力が強いからね。他にも問題はあるよ」
「例えば?」
「ストリートチルドレンをよく目にするだろう? この国では性教育が行われていないだけでなく、中絶も法的に認められていないんだ。だからどんどん子どもが増える。政府も困っているんだ」
「法律を作ればいいのでは?」
「いつも教会が反対するんだ。だから法案は通らない」
「教会はストリートチルドレンの増加を望んでいるんですか?」
僕が意地悪な質問をすると、先生は「さあね?」と肩をすくめました。